2003年にはヒジを故障して1年間ほぼ棒にふりました。
昨年はその故障から見事復活!4勝をあげました。
終盤にはヒザを故障して戦列を離れたのですが・・・
藤井投手を初めてみたのは、春の甲子園だった。
その当時、僕はそれほど高校野球を熱心に見ていたわけでなかった。
「藤井投手をみたい!」と思ったのはナンバーに紹介されていたからだ。(362号)
『トルネード投法もびっくり。センバツに登場「ベロ出し投法」』
こんな見出しがついた記事である。
ベロを出して投げる・・・・?当時はガルベスも来日前なので、どのタイミングでベロを出すのか全く見当がつかなかった。
振りかぶったときなのか?リリースの瞬間なのか・・・?
それだけの興味でテレビの前にいたのである。
(もちろん記事には大会屈指の好投手ということも書かれている。)
そうしてこの大会は藤井投手を追いかけたのだが、そのシーンはまさに衝撃的だった。
準々決勝の神港学園戦。それまで好投を続けた藤井投手だったが、9回に突然山なりのボールしか投げられなくなったのだ。
この年から、投手に無理をさせない規則が強化されたこともあって降板。
試合中に投手が(故障で)変調し、降板する姿を初めてみたのがこのときだった。
チーム(今治西)は準決勝に進んだが、藤井投手は投げられなかった。
このときの診断が「左腕屈筋群肉離れ」。二度とピッチングはできないだろうといわれたそうだ。
藤井投手というと、上原や松坂とメール交換をしたり、中日の福留と仲がよかったり、というようなことが話題によくのぼる。
いまの選手では普通のことなのかもしれないが、まあ交友関係は広いほうだろう。
やはり、闘争心とかそういう面で問題ないのかなと以前は、そう思っていた。
しかし、あるインタビューで、故障してから、野球的に全盛期にもどった感覚はなく、いまはピッチングができるだけで幸せと感じる、といっているのを読んだ。
プロ入りしてからも、1度つぶれた選手という気持ちはある、ともいっている。
この言葉を読んだとき、藤井投手の考え方が理解できた。
「1度きりの野球人生を思う存分楽しもう。野球での出会いをもっと大事にしよう。」
この気持ちが、人一倍強い選手なのではないか・・と思うのだ。
昨年のヒザのケガは帰塁の際の「不注意」ともいえるものだったし、
W杯を見に行って、発熱するということもあって、
ファンとしてはあぶなっかしい面もあるのだが、それも魅力のひとつ。
今年は10キロ減量したらしい。
確か、優勝した年も前年からダイエットに成功して成績をあげた。
今年は期待できるはず・・
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